Sunday, March 12, 2006

骨肉腫のはなし

腫瘍の治療をするとき、どうしても断脚を余儀なくされることもある。もちろん、腫瘍のできているところだけを切除できればよいのだが、あまりにもそれが悪性だった場合、その腫瘍が足首にできていても、股関節あるいは肩関節のところから断脚しなければならない。そんなに大きく切らずに肘や大腿で切る一般獣医師もいるが、それは使えない足の側におもりをつけておくのと同じで、結局動物の負担になるだけだ。
骨肉腫は悪性として有名な腫瘍だが、犬では大型犬の若い犬あるいは中高齢で発生が多い。ゴールデン、ピレネー、ラブラドールがこの1年間に大学病院で断脚をうけている。断脚に踏み切れず無治療のまま帰宅した飼い主もいた。
もしも骨肉腫を放置したらどうなるか。骨がスカスカになり病的骨折をおこす可能性もあるし、余命は長くても100日程度といわれている。骨肉腫は転移性が強いのであっという間に肺に飛んだり、他の骨にとんだりする。これを抗がん剤だけで治すことなど不可能である。だいたい、耐え難い苦痛に犬が苦しむのを間近で見なければならない。
では、勇気をもって断脚をしたとしても、次には抗がん剤を、ということになると、やっぱりしり込みしてしまう飼い主がいる。抗がん剤と聞くと、人間のように毛がすべて抜けてしまったり吐き気などで苦しんだり、というイメージが強いのだろう。特に、家族の中にがんを患った人がいると拒否をする率が高くなる。しかし、文献上のデータでは骨肉腫で断脚した場合、それでも余命は160日前後なのだ。手術をしてもたった60日しか伸びない。
それでは、抗がん剤を使ったらどうなるか。さまざまな抗がん剤でのデータが報告されているが、抗がん剤によっては1年前後の生存も可能となる。100日が160日、300日と伸びていくなら、どうだろう。心配される抗がん剤の副作用も、実は動物ではそれほど多くない。特に、抗がん剤の使用に慣れている先生ならば副作用の可能性を考慮してくれるので安心。
骨肉腫は痛い。大型犬では痛いその足の重さもかなりあるので、他の足にも負担がかかる。そんなものを引きずっての100日にどんな価値があるのだろう。足を切ったらかわいそうかもしれないけど、そんな足と耐え難い苦痛をもって生きていく100日はもっと可哀想だ。足が3本になっても歩くことはできる。そりゃーフライングディスクとかは無理だけど、お散歩なら大丈夫。この間きたセッターは飼い主を引っ張って歩いていた。それが300日になったところで、大した長さではないと思うなかれ。痛みがなくなり食欲も戻り、お散歩に行ける300日はずっと楽しいはずだ。100日の3倍以上の価値があると思う。中には1年以上生存している犬だっている。3本足では犬ではない?ではあなたの母親が骨肉腫で足を切ったら人間ではない?
獣医師の仕事は、治療行為だけでなく、こういったことを飼い主に正しく理解してもらうことにもある。たとえどんなに優秀な獣医師でも、飼い主が治療に対して理解を示してくれなければ何も治療できない。「あなたの犬はガンです。」と宣告された飼い主の多くは動揺し、治療についても正しく理解しにくくなることが多い。
2週間前、ピレネー犬が大学で断脚手術を受けた。手術前、初めての診察のとき、お母さんは動揺し、家族と相談しようにも話の内容を理解しているとはとても思えないくらい、ただ骨肉腫と診断されたことを嘆くこととそれを早期診断できなかったかかりつけの先生への非難をするのがせいいっぱいだった。これでは家族で手術の相談をしようにも誰も正しく理解できず手術を受けない可能性が高い。骨肉腫をくっつけたまま生きていくのと断脚をするのとでは、たいてい断脚のほうがかわいそうと思えてしまうから。だから、大学病院の待合室で、もう一度紙に書きながら説明をした。その紙を持ってお母さんは家に帰り、翌日の午前中、手術を受ける意思を連絡してきた。
反対に、骨肉腫の診断を受けながらどうしても断脚に踏み切れなかった飼い主もいた。お父さんは骨肉腫という腫瘍について納得をし断脚手術を受ける意思があったのだが、お母さんは骨肉腫ということは理解しても、どうしても断脚することに対して納得ができなかった。びっこはひいているけど、まだ歩けるのに何で断脚を、ということを言っていた。
手術を受けるのには勇気が必要だ。その勇気が犬を救うことに、私は感謝したい。そしてその勇気にこたえられる獣医師になりたい。

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