Sunday, May 22, 2005

午前一番に予約してもらったウサギの診療に間に合うように、朝8時に家を出る。ゴールデンウィークと違って東名高速は上下線とも順調な流れのようだ。今日の東京地方、空気がかすんでいる。東名高速の川崎のあたりからいつもなら見える新宿のビル群がかすんで見えない。
ウサギの診察は食欲がどうか、何をどれくらい食べたか、いつもの量に比べて何割くらいか、便の量はいつもの何割か、便の粒の大きさや色はどんなものか、いたってまじめに聴取を進める。食欲は昨日3割と言っていたのが今日は6割となっているし便の粒の大きさも少し大きくなったので、昨日の治療効果はまずまずであろう。しかし、油断は禁物、6割の食欲なんてまた悪くなってしまうかもしれないのだ。そこで今日は強制給餌(きょうせいきゅうじ)の仕方を伝授する。昨日1袋出した流動食用粉末(このウサギのサイズで2~3日分;3900円)と同じものを少量水でどろどろにして、プラスチックの注射器の先を切り落としたものにつめていく。それをウサギの前歯と奥歯(ちょっと言い方が獣医学的ではないけど)の間から口にさしこみ、少量ずつ舌にのせては食べさせていくのだ。これが家庭でできるのとできないのとでは、今後の回復具合が違う。ウサギはたくさんの食物繊維をとることで腸内細菌バランスをとっている。これがくずれると腸内にガスがたまったりいろんな問題がおきてくる。ウサギの胃腸はとっても薄い。犬猫の胃が薄手のデニムだとすると、ウサギは2枚重ねのシルクシフォンくらいだろうか?(余計わかりにくいかも)だから、ガスがたまったりして極端に大きくなると、それだけでもうだめなのだ。このウサギさんはカルテの記載から1週間前からの食欲不振があり、昨日私がとったレントゲンでは胃の中に毛球(もうきゅう)と少量の食べ物、そして腸がガスで大きく膨れていた。時間的な余裕はあまりない。
今日は2人獣医師が出勤していた。私がのこのこウサギ1件だけのために勝手に無給で休日出勤してまで自分で診察する、というのはよく考えれば「君たちには任せられない」という態度にも受け取れるので、感じ悪いなあと思うのだが、でも実際任せるのが不安だったのが正直なところだ。2人の名誉のために加えておくけれども、2人とも勉強熱心な若い獣医師だから、犬猫ならば指示だけ出して任せたと思う。でも、ウサギはちょっとしたことが犬猫以上に命取りになってしまうこともあるので、知識や経験がない人に任せるのは、自分が治療を放棄したようで嫌なのだ。お2人には失礼なことをしているようで申し訳ないけれど、自分自身のベストを尽くさないわけにはいかない。だてに10年以上獣医をしているわけではない。先週37歳になってしまったけれど、その分知識と経験を得てもいるはずだ。私には私にしかできないこともあるし、ただのアルバイト獣医師に成り下がりたくない。私が仕事をしているのはお金のためだけではないから。先生たちを信頼しない、やなヤツかもしれないけど、でもここでできない人に任せてしまったらお前はもっとやなヤツだと、自分の中から声がする。フクザツな気持ちで帰途につく。

本当なら今日は午前中に運転免許証の更新に行って、午後は歯医者さんに行こうと思っていた。上の奥歯が左右とも詰め物がとれてしまい、噛む事もままならないばかりか時々痛んでつらいのだ。しかし、ウサギの診療で予定が変わっただけでなく、午後は大学に行って資料を集めなければならなくなった。途中友人に届け物をしようと思ったけど、忙しそうで都合があわず、東名高速往復して今度は大学に急ぐ。
途中港北インターでお茶を飲んで休憩していたら、となりのベンチに腰掛けていた40代後半から50代くらいのご夫婦に話しかけられた。「あのバイク、そうですか?」と。日本では4月から高速道路でもバイクの二人乗り走行が解禁となった。(一部区間を除く)東名高速でもけっこう二人乗りのバイクをみかけるが、意外と若い人よりも中年以降のカップルが多い。はたから見ていると、仲むつまじくて微笑ましい。昔々、私の両親がまだ若い夫婦だった頃、休日にバイクに二人乗りして買い物に行っていたことを思い出す。
私は自分が乗りたくなってしまって二輪免許を取ってしまったから、自分で運転するほうがずっと楽しいのでそういう状況はおそらくないだろうけれど、近頃はやりのビッグスクーター二人乗りでおでかけする中高齢夫婦は、それはそれでちょっとうらやましくも見える。何がって、後ろに乗るしおらしさが、ですけど。少しの間会話を交わした後、お2人はご主人の駆るハーレーダビッドソンの3拍子のリズムとともに去っていった。
今日はそして、もうひとつおまけ。大学病院の資料室で古いカルテを見ていたら、見つけてしまったのだ。8年前の、宙太という名の猫のカルテ。6歳ですでに慢性腎不全となり、大学病院で腎臓移植を受けた宙太。退院の朝の採血で、抑えられるのを嫌がり暴れて、せっかくうまくくっついた新しい腎臓がちぎれて死んでしまった宙太の、カルテ。自分が研修医になったときから、カルテを見るチャンスがあるかとは思っていた。何が書いてあるのだろう。今では内部の人間となった私だ。見ることに問題はないはずだ。
でも、見るんじゃなかった、という気分にすらなった。何がそこに書かれていたかは、内部の人間だから詳しくは書けないけれど、ショックというかがっかりした。でも、きっちりコピーしてきた。それがあるからといって、何をするわけでもない。ただ、写真も少ない宙太の生きてきた最後の数十日と最期がそこにあるから、持ってこずにはいられなかった。それを見たからといって気持ちが晴れたわけではなく、むしろ沈む一方である。自分の心の中で静かに溜まっていたものが、水の流れで乱れてしまったようでもある。たまたま来ていた同期のイワサキにことの経緯を話し、軽く流してもらって気持ちを静めた。宙太のことが自分の中で一区切りを迎えるのも、あと少しかもしれない。獣医の私でさえ、死を受け入れるのにこんなに苦労しているとは、自分自身驚く出来事であった。

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