Friday, December 17, 2004

新しいキズ治療の落とし穴

いま日本ではR-25という名前のフリーペーパー、というか無料配布の雑誌がある。リクルートがつくっているのだが、短めの記事や有名人のインタビューや、書評、それから彼女へのプレゼントに最適と思っているらしいつまらないものを紹介している、ちょっと電車の中でひまつぶしに読むにはちょうどいい雑誌だ。25才前後の男性を意識して作っているせいか、私から見ると「男の価値はそんなもんじゃないだろう」と思ってしまう記事も多々あるのだが、つい手にしてしまう。
金曜日の朝、横浜駅でそれを手に入れ、職場で回し読みするのが最近の習慣になっている。でも、今週のR-25はちょっと気になる記事があった。Johnson&Johnsonから最近発売されたバンドエイド(これって商標だっけ?)は今までの傷治療の概念を大きくくつがえすものだ、という記事だ。
昔から、キズは消毒して乾かして治す、と言われてきた。かさぶたになれば、あと少しで治る、などと言っていたような気もする。しかし、最新の外傷治療は「傷は乾かさないで治す」モイストウーンドヒーリング(記事中ではモイストヒーリング)が常識となってきているのだ。
キズはよく水で洗い、消毒剤を使わず、湿った状態を保つことでキズの治癒が促進される。「えー、湿ってたら雑菌が繁殖しちゃう」と言うことなかれ。きれいに洗浄した傷ならば、ちょっとやそっとのばい菌(非学術的用語)なんかには負けないようにできている。おまけに、生体というのは水分が多く含まれていて、水なくしては体は生きていけない、水分の存在なしには生命を維持することはできないのだ。お肌だって乾燥は敵だ。同じように、キズを受けたところも、新しい細胞を呼び集め皮膚を再生するためには水分は欠かせないのだ。
そして、消毒剤だが、意外とこれが正常な組織や新しく作られてきた組織を傷めてしまい傷の治癒が遅くなることがわかってきた。ものすごく感染をおこしているときは別だが、ちょっとくらいだったら水でとにかく洗うほうがよいのだ。生きている体ってすばらしいなー。
そして最後に、湿潤した環境、つまり生体と同じ環境を作るために使われるのが「ハイドロコロイド」と呼ばれるもので、動物用でもさまざまな材料が使われている。今回雑誌で紹介されているバンドエイドもその原理を応用したものだ。そして、この原理によりキズの治癒が促進される。かさぶた作るよりもずっときれいに治る。私も顔にキズを負ったら、ぜひこれで治そうと思っている。
しかし、だ。ここで声を大にして言いたい。もし、そのキズが細菌感染を起こしているのなら、湿った環境でふたをするようなバンドエイドは逆効果だ。
このバンドエイドを使用するときは、とにかくキズをきれいにしなければならない。ちょっとでもうんでしまったキズに使ったらものすごいことになってしまうかもしれない。
以前勤務していた病院で、この方法で治療をしていた。たまたま私が休みの日に、そこの院長先生が診察をした。その後、しばらくその犬は来なかったので、私はもう治ったので来なくなったのだと思っていた。それから1週間後にその犬が診察に来た。そして飼い主さんが開口一番こう言った。「先生、なんだかどろどろ出てくるんだけど」・・・・。腕に巻かれた包帯が膿の色に染まっていた。ほとんど治りかけていたキズは無残にも溶けたような皮膚にべったりとクリーム色の膿がからまり、さらに悪いことに皮膚の下ではもともとのキズよりも広い範囲まで組織が腐っていた。元の木阿弥、というか悪化している。カルテには詳細が書かれていなかったので、助手の女の子を呼んで聞いたところによると、私が診た次の院長の診察のときに、院長先生がキズの処置を飼い主に自宅でするようにと、創傷治癒促進材のパッドを渡したのだという。飼い主さんは言われたとおり3日に1度、それをただ交換していた。しかも表裏逆にして。飼い主さんはそれが何なのかはまったく理解していなかった。専用のガーゼくらいにしか思っていなかったのだろう。ひょっとしたら、院長先生もよくわかっていなかったのかもしれない。
(ToT) ちゃんと説明したぢゃーん。それ以来、私はその病院でそのパッドを飼い主さんに処方するのを禁じた。(院長より強い?)これはただのガーゼではないのだ。専門家たる獣医師の判断のもと正しく使われるべき、知識の必要なものなのだ、とスタッフにも説明した。高い診療費とっておいて、それはないでしょ?
それからは、自分以外にこのパッドを使った経験のある獣医師がいないときは、できるだけ慎重に対応するようになった。使い方一つで、悪化することもあるのだ。
というわけで、キズの新しい治療というのは、大変科学的で生体にとっていいものなのだが、ひとつ間違うとえらいことになってしまう。そのへんの落とし穴をもうちょっと雑誌でも取り上げてほしかったと思う。
みなさん、傷はよーく洗いましょう。水道水でも十分、と言われているがバンコクの水道水なら一度沸かしたものを使いましょう。私も東京の水道水で洗うのは嫌なので、滅菌状態の生理食塩水を使っていますが、湯冷ましで十分です。そして、生体の素晴らしい修復力をたたえ、乾燥させないようにしましょう。ちなみに、裏わざとして「サランラップで巻く」というのもあります。もし家庭でワンコが怪我をしたりしたら、汚れたところは水で洗って、サランラップで巻いて、靴下はかせたりタオルで巻いたりして乾燥させないようにして病院に連れて行きましょう。これだけで、キズの治りやその後の炎症度合いがずいぶん違います。

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