Tuesday, March 08, 2005

ありがとうの形

動物病院で仕事をしていると、飼い主さんからの頂き物をよくする、ということは以前書いたかもしれない。ホテル預かりのお迎えの時におみやげを持ってきてくださったり、入院していたワンコが退院するときのお礼だったり、はたまた、最期まで看取った後のお礼だったりする。それはご近所の大判焼きのこともあれば、その土地の名物だったり、ビール券だったり、ひなまつりのケーキ(女性スタッフが多いから気遣ってくださってる?)だったりする。そして、それらはどれも、家族の一員がお世話になりました、という気持ちが形になったものだと思い、ありがたくいただいている。ありがとう、の気持ちを形にしたくなる、という気持ちは大変ありがたい。
今日、仕事に行ったら、朝から渡されたもの、それは折箱に入ったお赤飯だった。聞くところによると、本院に入院していたヨークシャーテリアが一時退院となり、飼い主さんがスタッフのみなさんへ、と持ってきてくださったそうなのだが、スタッフの正確な人数を知らなかったため、本院分院あわせても余るほどの数となった。(私も正確な人数はわからない)入院時には相当ぐったりとしていたワンコが一時退院までこぎつけ、飼い主さんは本当に本当に喜んでの名セリフ「お金はこのこに使うためにあるんです。」・・・・。
喜ぶ、といえば今日はハチちゃんのお母さんもみえられた。先週、ハチちゃん連れて病院に顔を出されたときに相談されたのが、大学病院の担当獣医師であるわれらがボスにどのようなお礼をしたらよいのか、ということであった。これは人間社会の慣例から考えられたことなのかもしれないが、手術料や入院費を払っていただくほかは、特別に何もする必要はない。でもそのまま伝えても何かせずにはいられないハチちゃんのお母さんにとっては、おそらくすっきりとしないに違いない。何しろ、ハチちゃんのお母さんはハチちゃんの喉の奥にできた腫瘤をとるために、腫瘍外科の第一人者といわれるボスに手術をしてもらったということを、ものすごーく喜んでおられたのだのだ。
「そうですね、時々お菓子をいただくことがあります。それ以外に特別なことはないですね。」と答えておいた。もちろん、お菓子を持っていかなくてはならない、ということではないが、もっとも差しさわりのないもの、といえばやはりお菓子になるかと思われる。実際、飼い主さんからいただいたお菓子は午後のラウンド(今日はどんな症例がきた、とか検討する時間)のときに、研修医たちの低血糖症状を緩和させる貴重なエネルギー源として喜ばれている。
そんなやりとりがあって今日、ハチちゃんのお母さんが「ひび先生にお願いがあって」と来院された。手渡された紙袋の中には二つの包みが入っており、それには「ひび先生」と「S先生」と名前の書かれた小さな紙が貼ってあった。「大変恐縮なんですけど、これを大学にもっていっていただけるとありがたいのですが」それはおやすい御用である。「中にお手紙が入っていますので、そうお伝えください。」・・・・お手紙、といえば封筒に入っている。長年の獣医師経験から、封筒には何かが包まれるもの、ということが多いことを私は知っている。これは責任重大だ。
「それからこれはこちらのみなさんで」と大き目の包みをもうひとつ。ハチちゃんのお母さんの気遣いは止まらない。ハチちゃんは今まで以上に元気で、軽やかに歩き、おだやかに笑顔で暮らしているのだそうだ。私が初めてあった頃のハチちゃんは体重が今よりも10キロ以上あり、歩くのも動くのもいや、という覇気のない犬であった。軽くなった今では、近寄る獣医師をよけるのも素早い。^^;
ハチちゃんのお母さんが帰った後、スタッフと一緒に包みをあけお茶を入れる。そして別室で、もう一つ私にとくださった箱の包みを開けてみた。包みを開けると、中には封筒が2つとメリーズのお菓子の包みが入っている。一つの封筒の中にはお礼を述べたカードが入っていた。そしてもう一つの封筒には「お礼」と書かれている。うーん、私がしたのはたいしたことではないのだけれど・・・・封筒の中には真新しい諭吉さんが数枚入っている。うわー、どーしよ、これ。
現金をいただくというのは正直うれしいよりも先に戸惑いがある。私がしていることは獣医師として当然の仕事、獣医師として当たり前のことだけだと思っている。仕事である以上、お金は給料として雇い主から支払われている。だから、いただいたそれをどうしてよいものか、考えてしまうのだ。
もちろん、お返しすることもできない。それはお母さんの気持ちであり、おそらくどのようにしたらよいかを、ずっと考えていらして出した結論なのだ。でも、私だけがハチちゃんに関わっているわけではない。この病院のスタッフみんなが、ハチちゃんのフードを発注したり、採血の保定をしてくれたりレントゲンを手伝ってくれたりしている。今日はお休みだけど、麻酔をみてくれていた先生、彼女がいなかったら安心して処置をすることもできなかった。私だけで動いている病院ではない。
以前勤めていた横須賀の動物病院で、いただいたチップを一箇所に集めておいて、3ヶ月ごとにみなで分配する、そういう決まりがあった。私は個人としてではなく、その病院の獣医師として仕事をしている、そして、その仕事は多くのスタッフによって支えられているのだ、という考え。横須賀は私に大きな影響を与えた場所だ。
考えた末に、明日の夜、スタッフで食事をするという話を聞いていたので少しではあるが、おすそわけ?をすることにした。みんな、いつもありがとね。(これを自分が稼いだお金でできたらもっとかっこいいんだけどね。)入院ケージのある裏のほうで一人のスタッフに事情を話して、お金を渡したらびっくりしてたけど、明日はちょっとおいしいもの食べてください。私は腫瘍科の日だから行かないけどね。
そして、あと1時間で今日の診療が終わり、というときに、出てきたもの。それは先月いっぱいでこの病院を退職したAHTの女の子からの、お礼のプレゼントだった。猫の形をした春色ピンクの巾着袋とスペイン製の厚手の黄色いグラス。とても優しくて、ほのぼのとした空気をかもし出す、いいスタッフだったのだが、体調を崩し退職を余儀なくされた。彼女自身、仕事を辞めたくはなかったのだが、体調が思わしくなく、周囲に迷惑をかけていると思うことで余計ストレスがかかっていることも事実だった。この分院ができて以来ずっと勤務している彼女に聞けば、大体のことはわかった。頼りにしていたし、決して悪口を言ったりマイナスな思考をしない明るさが大好きだった。添えられたカードを見ながらちょっとため息が出た。「ありがとうございました」の文字がちょっと切ない。また会えるだろうか。
帰りの電車に揺られながら、今日いただいたものを膝に乗せ、その重さを感じる。これ、全部ありがとうの形だ。ありがとう、って思うことは、ちゃんと表現したいな。そう思いながら、急ぐ帰り道。家族を含め、私にかかわるすべてのみなさん。いろいろありがとう!!私は一人じゃないんだ、そう思えることがとてもありがたいです。

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