Tuesday, March 22, 2005

祝日侮れず

祝日の愛川町はあなどれない。平和に1日が終わるかもしれない予感はいつもあっさりと裏切られる。それは単純にカルテの枚数が多いこともあるし、そのまま緊急手術になることもある。春だなあと気分よくバイクで出勤した昨日も、やっぱり平和には終わらなかった。
午前中はいつものようにリンパ腫の治療が2件と、そのほか軽めの処置が数件。窓の外は光もやわらかく、風の強さもほどほどで朝から洗濯物を干しては取り込み、忙しい。FeLV(猫白血病ウィルス)のリンパ腫のケンちゃんも、多中心型リンパ腫の犬のテリーくんも、抗がん剤治療開始からすでに8ヶ月、経過は順調。テリーくんは大きさやちょっと臆病なところもハックに似ているので、ついべたべたしてしまう。採血しながらお鼻にチュッ、止血しながら頭なでなで、待合室でもトレーニングしながらおやつあげ放題だ。テリーくんもすっかり私にはなれたので、ちょっとなでてやめると「もっとなでろ」と言わんばかりに頭や背中をすりよせてくる。こんなハッピーな日々が送れるのも、大学での勉強の成果だと思うと、私もまたハッピーだ。うんうん。
午後も、スタートはのんびりしていた。今日は仕事が終わったら家族で食事の約束をしている。診療終了は午後6時30分、約束は7時30分、ここから本厚木まではバイクで20分程度だろう。余裕もっていけるはず、と思っていたが、やっぱり甘かった。
5時半を回る頃から待合室がにぎやかになってきた。ワクチンだったり診察だったり、その中に、この病院は初めて、という犬が2頭いた。最初のカルテを手に取り、診察し、飼い主に話をして検査をする。昨日の夜、低い段差から落ちたということだが、それよりも深刻そうだ。立ち上がることができないし、口の粘膜も白っぽい。検査の結果が出るまで次の診察をする。その診察が終わるか終わらないかのタイミングで、隣の診察室からAHTが顔を出し「先生、ちょっと来てください」という。
となりの診察室に入ると、灯油の匂いがする。診察台の上には中型の柴犬が手足をぴんと突っ張った格好で、小刻みに震えている。舌の色はうすい紫色で、目は見開いているのに瞳孔が小さい。
「散歩中、石油の入った容器を口にくわえて噛み砕いちゃったんです。飲んじゃったかもしれないけど、どれくらいかわからない。」・・・!それは一大事!この犬を診ていたドクターは昨年春獣医師になったばかり、他の病院からここにきてまだ2ヶ月、トレーニング中だ。顔を真っ赤にして、酸素を吸わせている。点滴の準備、酸素の準備、それから胃の中の石油をなんとかしないと!
こんなとき、活躍するのは活性炭だ。活性炭は毒物を吸着して便と一緒に排泄してくれる。しかし、活性炭はない。代わりに猫の慢性腎不全で使われるコバルジンという活性炭の顆粒を用意させる。「先生、何本ですか?」この犬の体重だと、1本2本などという量ではない。ちらりと開けられた引き出しを見て答える。「そこにあるだけ全部」正確に何本かはわからないけれど、活性炭としての量を考えれば大体そんなものかもしれない。とにかく出させて、それを水と混ぜる。水に溶けることはないが、水と一緒にチューブを使って胃に流し込むのだ。
異物を飲み込んだら吐かせることもあるが、石油は吐かせてはいけない。胃に通したチューブから液体を除去する。診察室中が石油の匂いで充満する。そして水と混ぜた活性炭を胃に流し込む。簡単に聞えるが、私の知っている獣医師はこのチューブを誤って気管にいれ、それに気づかないままバリウムを飲ませて猫を死なせている。細心の注意をはらっていることはもちろん言うまでもない。
点滴の針も入れないといけない。午前中、新人の先生が採血や点滴の針を入れるのが苦手だという話をしていたのでとっとと自分でやってしまう。こんな状況でなかったら、私がしゃしゃりでてやることはない。血液もとって検査にまわす。エマージェンシーのときに、落ち着いている?のはやっぱり年の功なんだろうか?
30分ほどたったら犬の様子が少し落ち着いてきた。手足を曲げるようになり、ふせの姿勢をしている。改善の徴候だ。よしよし、いいぞ。
この間にも犬の観察をAHTに任せ、いくつか診察をはさむ。ただでさえ待合室があふれているのに、これ以上時間をとめることはできない。
結局、その夜は入院させることになった。すべての診療が終わったのはすでに7時。まだカルテも書き終わってないし、会計も日計を出していない。やれやれ、家族との食事には間に合わない。メールで連絡をいれ、残った仕事にとりかかる。病院を出たのは8時をまわっていた。家には箱に入ったピザが、ディナーにありつけなかった私のために用意されていた。はあ。

今日病院に電話を入れたら、犬は元気になっていた。他の犬のごはんの匂いをかいだり、処置しようとしたら嫌がったりと、特に異常はみられないらしい。よかったよかった。
祝日、それはのんびりした気分とうらはらに、見知らぬ犬が運び込まれる日でもある。どうやら近所の先生方は祝日はお休みらしいから。そんなわけで、祝日の愛川町はいつも忙しいのだ。

0 Comments:

Post a Comment

<< Home