Saturday, April 29, 2006

魔の金曜日

週3回、大田区の病院まで電車を4本乗り継いで通勤している。1日のうちの決して少なくない時間を通勤に費やしていることに、ストレスを感じないでもないが、この3週間、金曜日に限って京浜東北線にトラブルがあって、ぎりぎりに到着している。小田急線、相鉄線と乗り継いで、JRの改札口で電車の遅延や運転見合わせを知って、急遽東横線をつかって多摩川経由で武蔵新田まで行くのは、朝からやれやれ、という気分になる。
金曜日は新人獣医師と私の2人なので、できるだけ遅刻や欠勤は避けたい。それなのに、金曜日の朝に限ってJRがトラブルというのは、魔の金曜日としか言いようがない。困ったものだ。

Thursday, April 27, 2006

水曜深夜、木曜未明

獣医師に限らず医師もそうであろうが、自分の患者がこのあとどういう転帰をたどるかを知っているというのは、時に苦しみをもたらす。病気だけを見たり、3分間だけの診療をしているドクターにはおそらくこの苦しみは無縁だと思うが、何度も診察をしているうちに飼い主との距離が縮まり、その分心の機微みたいなものが伝わってくることもある。この子に残された時間と、飼い主の気持ち。深入りしてしまうと苦いものがこみ上げてくることもしばしばある。でも、深入りせずにはいられない。飼い主にとって頼れるものは他に無いから。
別れはいつかやってくる。私にできるのは、その最後の1日まで、できるだけ苦痛を取り除き幸せな時間を少しでも長くしてあげること。獣医師は万能じゃない。魔法使いでもない。意外と無力なものだと常々思う。だからこそ、できることを精一杯するだけだ。今日もがんばろう。

Wednesday, April 26, 2006

From横須賀

私のもとを訪れた可愛い子犬が、いつか成長し、年老いて病気になったとき、その最後の時までできる限り自分で見守ってあげたい、そういう思いもあって腫瘍科の門をくぐった。
まさか、それがこんなに早く実現するとは思わなかった。今週の木曜日、私の獣医師としての故郷である横須賀から、腫瘍科を受診するワンコがくる。このこを診察していたのは、もう何年前のことだろうか。
受診に先立ち担当医でもある分院長(若手の憧れの女性獣医師だった!)は丁寧な紹介状と検査結果のコピーを私にも送ってくれた。私はといえば当日の担当藩(班ではなく藩と呼ばれるグループ)になるべく副チーフにお願いのメールを送信し、藩長の了解を得るという根回しをしている。当日はレントゲンと超音波を行ったりきたりしつつ、その合間にも検査材料の採取を行わなければならない。間違いなく段取りがものを言う。
最後までそばにいるのは私ではないかもしれないけれど、私はその近くでサポートしていく。楽しかった横須賀に、私ができる小さな恩返し。認定医も少しは役に立てるだろうか。

Sunday, April 16, 2006

今日は腫瘍科の先輩の、といっても私よりずっと年下だけど、結婚パーティーで銀座に向かっている。普段銀座なんて行くことがないので道に迷いそうで不安

Sunday, April 09, 2006

新人育成週間

4月の第2週を迎えたというのに、狂犬病予防注射で来院する犬がものすごく少ない。そこそこの売り上げはあっても、4月の土曜日にこれでは気が重い。病院は閑古鳥が鳴いている。動物病院というのは普通は春夏が忙しくて冬になるとわりと、暇。だから冬からずっと暇が続いているのだが、これが自分の病院だったら気が狂っちゃうかもしれないなー。
春が来るたびに自分の臨床経験年数が増えていく。もう卒業してから14年目を迎えることになる。臨床獣医師(実際に診療をしている獣医師)全体から見たら、女性獣医師で10年を超える臨床経験をもつ人はまだ少数派だといわれる。それを考えると、立派なベテランでありお局さまであろう。新卒の先生から見たら、泣く子も黙る日比先生といったところか?昨年干支が一緒の獣医師が入ったことで、自分が年をとったのだとやっと自覚した。ただ診療をするだけでなく、指導育成する側へといつの間にか回っているのだ。
まるっきりの新人と二人になった金曜日は、診療の合間に診療をしていく指針となる「POMR(問題指向性メディカルレコード)」についてを簡単に説明し、4月に特に外来数の多い狂犬病予防注射についてとフィラリア予防についてを説明した。狂犬病もフィラリア症も大学ですでに学び、国家試験でも出題される重要な疾患であるが、大学で得た知識はほんの少しの部分でしかない。臨床で大事なのは狂犬病予防法という法律に基づいた狂犬病予防であり、狂犬病の症状がどうとかいうことは長い間狂犬病の発生がない日本では二の次だ。生後何日から接種しなければならないのか、ほかのワクチンと同時接種をしてもよいか、フィラリア予防薬はなぜ冬の間飲まなくてよいのか。臨床というのは毎日が口頭試問のようなもので、その場で飼い主の質問に答えなければならないし、じっくり考えて解答用紙に記入するようなものではない。たとえ用意されて答えであっても「コミュニケーション」をとるというのが、大学の勉強との大きな違いだろう。4月の時点では新人の獣医師よりも受付の女の子のほうがよっぽど現場の即戦力であり臨床的である。新人の獣医師は国家免許をもっている自分のほうが役立たずであることに一種のカルチャーショックすら受けたりもする。

ところでこの新人の先生は私が所属する大学出身であり、直接顔を合わせることはなかったが腫瘍科によく出入りしていた学生と同級生で同じ研究室であったことが判明。知り合いの友達、業界は狭いから困る。学生に接する私と新人獣医師に接する私は、多分違うんだよね。学生は親にお金を出してもらって勉強しているけど、新人獣医師は飼い主からお代をいただいて診療するいわばプロだ。だから、多分ちょっと厳しい。もうここは土俵の上だからね。
新人を育てるために厳しくならざるをえないのは、病院を信頼して来てくれる飼い主さんのためでもあり、5年後10年後、臨床を支えていく獣医師を育てるためなのだ。と、信じている。いつか新人の先生たちもこの病院を出ていくだろう。そのとき、大学を出て最初の数年間に得たものが彼らの今後の基本となっていくのであれば、接する私の責任もちょっとある。基本的に勉強なんて自分自身でするものだから、その人ができないのはその人の責任だ。でもそれでは一緒に仕事をするうえでも困るし、少しでもできたほうが物事は楽しい。
うちの可愛いレイコちゃん(獣医師)みたいに、ほっといても自分でどんどん勉強してわからないときだけ質問してくるようなタイプは先輩としても楽だけど、中には獣医師免許をとったことで満足してしまうのか、臨床に出た途端毎日楽しく暮らすだけで勉強もしないやつもいる。お尻を叩かれなければやらない人だっているし、いくら勉強するしないは本人次第と言ったって、患者さんに対してそんな不勉強なやつに適当なことを言われたら一緒に仕事しているこちらもたまらない。だからといって私一人で診療するわけにもいかない。育てないわけにはいかない、というのも若干あるかな。

新人獣医師だけでなく、新しいスタッフもいつのまにか入っていた。トリマー、21歳、なんと男の子。女の園の病院に若い、というか私から見たら助手のお友達のようなスタッフが入った。彼には仕事以前にビジネストーキングというものを教えてあげなければいけなさそう。楽しく仕事をしたいのはわかるけどね、新入りくん。次に「イエース」とか答えたらレントゲン室呼び出しを覚悟したまえ。

Saturday, April 08, 2006

ハック 耳血腫になる

ハックの右耳がパンパンに腫れたと母に言われ、昨日仕事が終わってから実家まで行った。
駅まで母に迎えに来てもらい帰ると、まだ門から離れたところにいる私を、ハックは前足を縁側に乗せて立ち上がりじっと待っている。シルエットはあっても顔は見えていないはず。何で私を識別しているのだろう。足音か、匂いか、はたまた第六感か。
門まで来ると尻尾を雨戸にたたきつけるように激しく振るので、その音で家人は私が来たことを知る。
荷物を下ろし玄関のたたきにタオルを広げハックを入れると、待ちきれず私の膝まで顎をのせてきた。
そこで母に顔を抑えてもらって耳にたまった血を抜こうとしたら、大暴れで抵抗し耳を触らせようとしない。まったく治療できず病院に連れて行ったほうがよいと言うと、母は役立たずの娘に不服そう。んー、でもこれじゃ危なくて治療できないしなあ。
注射器を置いて玄関にいるハックのそばによると、警戒してよってこようとしない。ハックは怖がりで、風の音にもビクビクする犬なのだ。何をされるかとこちらをうかがい、他人みたいな顔をしている。
ごほうびにと買って来たササミジャーキーを取り出したらちょっと顔色が明るくなった。おすわりや待てをさせながら少しずつ距離が近くなるのを待つ。少しずつ少しずつ、ハックは私に近寄り最後には私の前で伏せをしながらササミジャーキーをねだっている。
今がチャーンス!母に注射器を持ってきてもらい、頭をなでながら耳を触ってみると、嫌がる素振りはない。ササミを口に入れる瞬間なでる手に力を少しこめ、針を刺すと意外と大丈夫。なんだ、大丈夫じゃん。弱虫ハックめ。
耳からは12mlの血液様液体がとれた。耳血腫と言うのが正式名称。格闘家の耳がつぶれたりしてるのは耳血腫のせいだ。
なでながら耳から血を抜く私に母がぼそっと言う。
「ハックはいつも真理のこと思ってるんだと思う」
私に会えたときの喜びようや甘え方は、他の誰に会えたときとは違うのだと。昔、私が乗っていたジムニーを追いかけてしまったように、今ならバリオスのエンジン音を追いかけてどこまでも走るだろう。
絶対開業するんだ。犬と暮らせるところに引っ越していつも一緒にいるんだ。だからハック、まだまだ長生きしててね。